兵庫県養父市
昔、ある男が田の畦を歩いていると、蛇が蛙を呑もうとしていた。男は蛙が可愛そうになって、見逃してくれればお前を嫁にしてやってもいい、といってしまった。すると、話が通じたのか、蛇は蛙を放すと茂みに消え、蛙は跳ねて逃げて行った。
数日するうちに男はそんな約束はすっかり忘れてしまったが、ある夜横になっていると、雨戸をたたく音がして、開けると美しい娘が立っていた。娘は男の嫁になるために来た、どうか嫁にしてくれという。男が自分は貧しい百姓だからとても不似合いだと断っていると、娘は急に恐ろしい怒りの形相になって、約束を忘れたのかと詰め寄った。
蛇との約束を思いだした男は、恐れおののいて娘の申し出を承諾して嫁とした。しかし、男はすっかり恐れて病気になってしまった。それでも嫁はまめまめしく親切に世話を焼くのだが、それが帰って男を恐れさせた。そんなある日、旅修業の尼さんが家の前に立って、この家には病の者がいるだろう、お困りか、と問うた。
正直途方に暮れていた嫁は、男の病のことを尼に相談した。すると尼は山を越えた海の向こうの島の松の木の上にタカの巣があり、その卵が妙薬となると教えてくれた。嫁はすぐに山海を越えて島に行き、蛇の姿に戻るとタカの巣のある松に登り始めた。
ところが、突然巣から二羽のタカが舞い上がって、鋭いくちばしで蛇に襲いかかり、蛇は力つきて地上に落ちて死んでしまった。この話は男の耳にも届き、すっかり病は治ってしまった。そして、あの尼さんは助けた蛙の恩返しだったか、と思い、また、嫁も蛇の化けたものだったがよくしてくれた、と考えて、お墓を作って丁寧に葬ったという。
面白いお話。普通この系統の話は「蛙を見逃してくれたら、娘を嫁にやろう」といって蛇が聟に来る蛇聟譚であることがもっぱらなのだが、「嫁にしてやってもいい」といって蛇女房となっている。大変珍しく、なぜこのような逆転が起こったのか、理由があるなら知りたいところだ。
蛙の恩返しも、多くは蛇聟を退治する方法を教える(ないし蛙自身が蛇と闘う)、蛇聟に孕まされた娘に蛇の子を堕す方法を教える、はたまたは「姥皮」の方向へ転ずる、などとなるもので、コウノトリの卵をとるなどのモチーフも娘を救う方法として提示されるのがもっぱらである。
しかし、伊予の方に男をとり殺そうとしている女大蛇が、不承不承男を回復させるために鷹の卵を採りに行って死ぬという話があり、これは『まんが日本昔ばなし』に「鷹と大蛇」として収録されてもいて知られる話だ。細かな筋は違うが、大筋でこういった流れというのもなくはない。
また、この話には、蛇の娘が水を渡って島にある卵を採りに行く、というモチーフが含まれている。卵を果実に置き換えたモチーフが重要かもしれない、という線があり、この点も覚えておきたい。